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なぜ神戸ルー神で2

2010041714445510
  • 2010年4月17日(土) 14:44 JST
  • 投稿者:
    三浦三千春
  • 閲覧件数
    319
 プロテスタント教界における“分裂”に思い悩んだことが、神戸ルーテル神学校で学ぶという判断をさせたことを記した。
 これを私一流の(ミウラ節の)喩えで言うと、「車は走りさえすれば良い。カーナビもCDもいらない。アクセル、ブレーキ、ハンドルだけで良いのだ」というわけ。

 大ざっぱに思うに、「きよめ」の教理とか、「聖霊のバプテスマ」とか、ディスペンセーションとか、選びの強調とかは、ルター以降のプロテスタント陣営の中における発展であって、「エアコンも付いた方がいいよ。やっぱりパワステでないとだめだよ。エアバックも…」といった類のもの(オプション品)のように思うのだ。
 (とはいえ、諸教理を強調する人々にとっては正に、強調するだけの理由があるのであって、それらは“付け足し”などではなく、最も本質的なものの一環をなしているのだ=ブレーキを利かせるのに欠かせない要素=とも言えるものなのだろうが、私の気分的な感想として、自動車のオプションという例で表現してみた。)

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