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なぜ神戸ルー神で3

20100418090141256
  • 2010年4月18日(日) 09:01 JST
  • 投稿者:
    三浦三千春
  • 閲覧件数
    321
 私が神戸ルーテル神学校で学んで整理を得た、また考え方として確信を得たことを3つにまとめてみると以下の如くになる。

1)救済論中心の神学の方向性
神中心のアプローチを取ろうとするカルビン神学とは逆のベクトルですね。
私にとっては伝道、牧会における、人生論的なアプローチに適(そぐ)う思いがする。
神学的には、神であるキリストが人となって下さったという時点で、それが正当な思考の方向性になっている。
課題としては(楽しい課題だが)、倫理問題を救済論からどう考えるか。特に人間の努力の問題(努力するということの必要性や意義を、救済論中心の観点でどう把握し説明するか)。現場で考え抜き、私なりの“こたえ”を持っている。
2)聖書の読み方
ルーテル的な「語られることば」
3)歴史の中における神学や教会の活動の連続性
ルターの場合も正に「教会の子」でこれなくしてルターはなかった。
中空に出現するような歴史的存在はあり得ない。必ず、前の時代の影響や恩恵を受けている。それを辿って大元を把握する努力と営みが必要
4)ここまで個条書きして、もう一つ会えて加えるなら「神の国」の理解

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